指示詞と人称代名詞については、固定ページの
指示詞・人称代名詞 の用法を記号で示す
で整理しています。
ブログ記事では、より具体的な話をしていきます。
英語学習において「代名詞」というと、
いちばん問題になりそうなのが it と that です。
難しい話を飛ばしたい人は、次をクリックしてください。
「太郎君とJimmy君の日本語での会話」で 「それ」と it・that について考える
it は通常「それ」と訳されます。
では、
it ≒ 「それ」
でよいのでしょうか?
通常「あれ」と訳される that も、やや近くのものを指す「それ」を含んでいます。
しかも、辞書や参考書を見ると、 it は人称代名詞ですが、
that と「それ」は、ともに指示代名詞です。
それでは、
that ≒ 「それ」
と考えてよいのでしょうか?
そこで、it・that と「それ」を、きちんと比較すると、何か見えてくるかもしれません。
きちんと比較するために、
The Cambridge Grammar of the English Language[91 p.425, p.1504]
を参照し、
it :代名詞(細かく言えば人称代名詞)
that:指示詞(代名詞ではない)
とします。
it・that の理解への第一歩です。
that に this を加えて、次のように整理できます。
「それ」 | 指示代名詞 | 代名詞 | it など |
指示詞 | this, that |
日本語では、
「それ」は、指示代名詞とされており、
指示詞的な機能と代名詞的な機能の両方を持っていると考えられる。
英語では、
・ it は代名詞であり、指示詞的な(「指す」という)機能が無い
代名詞は、その名が示すように、
文章・やりとり中で、前出の名詞句の代わりに使われるものである。
(「天候の it」などは特別で、名詞句で表せないものの代わり、と言える)
it のような、指示詞的な機能が無い代名詞は、日本語には無いので、
日本人の英語学習の障壁になり得る。
・this・that は指示詞であり、代名詞的な(「前出の名詞句の代わりをする」という)機能が無い
指示詞[91 p.1504]は、
it と比較するために、後に名詞句がつかない独立用法で考えると、
主語や目的語として使われるので、代名詞のように見える。
しかし、目の前のものを指して this・that と言っている場合は、それに相当する名詞句を使う前のことなので当然だが「前出の名詞句の代わりをする代名詞」ではない。
文章・やりとり中では、代名詞ではないことがさらにはっきりしていて、
that は、名詞句ではなく直前の節的内容を指す。
this の方は「話題を指す」と理解すると理解しやすい(本記事では、詳しくは扱わない)。
this・that は、文章・やりとり中での使われ方が、日本人には難しい。
ということです。
簡単な会話の形で例文を作ってみました。
太郎君の家に、小学校の同級生 Jimmy君が遊びに来ました。
Jimmy君はバイリンガルですが、いちおう日本語で話しています。
日本語としての解釈を薄緑色の背景色で示しました。
最初読むときは、説明(字下げをした小さいフォントの部分)を飛ばし、
会話だけを読んでみてください。
(矢印(↑・←)、下線、|文字を囲む枠| は、説明のために付けています。
ふだんの記号づけとしては不要ですので、ご注意ください)
太郎:(重そうな小箱を持って来て、テーブルの上に置く)
Jimmy:それ(tⓃ
Jimmy:それ(t↑
Jimmy:それ(that)なぁに?
「それ」は、テーブルの上の小箱を指示詞的に指している。
英語では、指示詞that が使われる。
英文の場合の記号づけでは、現実世界○ の中に存在するものを Ⓝ で表す。
N は名詞 noun を示す。
太郎:|お兄ちゃんからもらったビー玉が入っている箱|だよ。
Jimmy:それ(|N
Jimmy:それ(|it|)は君の宝物なの?
この場合の「それ」は、
目の前の箱をもう一度指示詞的に指して言っている意味合いが強いが、
「お兄ちゃん …… 入っている箱」の代名詞としての意味合いも感じられる。
つまり、指示代名詞である、ということになる。
英語では、it は指示詞ではなく、代名詞であり、
何かを指すものではなく、「名詞句の代わりをするもの」なので、
太郎が言った(修飾節が付いた)名詞句
|お兄ちゃんからもらったビー玉が入っている箱|
を |it| で受けている。
すなわち、英語では
|it| = |お兄ちゃんからもらったビー玉が入っている箱|
が成立する。
英語では、(日本語以上に)相手のことばを受けて、会話を続ける。
英文の場合の記号づけでは、it の上に N(名詞 noun を意味する)と付ける。
この it は、文章・やりとり中の名詞句の代わりをしており、
目の前にある物を指しているわけではないので、現実世界を意味する ○ は付けない。
太郎:もちろんそうだよ。
Jimmy:やっぱりね。
太郎:これは君だけに見せるんだよ。
Jimmy:それ(Cl←
Jimmy:それ(that)は、どうして?」
「それ」は指示詞的に「これは君だけに見せる」という節的内容 Cl を指している。
この「それ」が目の前の箱を指していると誤解することはないだろうが、
英語では指示詞that を使うので、節的内容 Cl を指していることがより明確となる。
Cl は節Clause を示す。
太郎:君と仲良くなりたんだ。
太郎:(箱を開ける)どう?すごいだろ。
Jimmy:(ビー玉を指して)そのビー玉(those mⓃ
Jimmy:(ビー玉を指しての)そビー玉(those m↑
Jimmy:(ビー玉を指して)そのビー玉(those marbles)すごいね?
箱の中のたくさんのビー玉を指して言っている。
( )で示した that の複数形those は、指示詞those の限定詞としての用法(非独立用法)
太郎:この中には無いけど、|金色の|と|銀色の|も持ってるよ。
Jimmy:それ( thN
Jimmy:それ(|they|)は、きれいなんだろうね。
「それ」は「金色と銀色のビー玉」を代名詞的に表している、と説明できるが、
太郎が言った「金色と銀色のビー玉」を想像して指示詞的に指している意味合いも感じられる。
英語では「金色の」と「銀色の」を繰り返さず、代名詞 it の複数形 they で受ける。
太郎:|金色の|が銀色のよりもずっときれいなんだよ。
Jimmy:わぁ、それ(|N
Jimmy:わぁ、それ(|it|)は、珍しいんだろうね。
日本語の「それ」は代名詞としての機能が英語の it ほど明確ではなく、
「それ」と言ってわかる方を「指している」と説明できる。
英語では、太郎の発言で「金色の」の方が中心(関心の的)になっているので、
it と言えば「金色の」の代名詞だと理解される。
上の2つの N の例では、英語では
|they| = |金色の(ビー玉)| + |銀色の(ビー玉)|
|it| = |金色の(ビー玉)|
が成り立つ。
太郎:(箱の中の大きいビー玉に視線をやって)
「ところで、それ(tⓃ
「ところで、それ(t↑
「ところで、それ(that)でかいだろ。
Jimmy:わぁ! それ(|tⓃ
Jimm:yわぁ! それ(|t↑
Jimmy:わぁ! それ(|that|)、すごく大きいね。
(that の|緑色枠|は、この that と、次のセリフの it とのつながりを示すため)
英語では、通常は、相手が言った that を 代名詞 it で受ける(それによって会話が噛み合う)が、
この場合は特別で、Jimmy は驚いて目の前のビー玉を指して言っているので、
英語では指示詞that を使うことになる。
Jimmy: それ that
Jimmy:それ(|it|)はビー玉の親分だね。
日本語では、目の前のビー玉をもう一度指して指示詞的に「それ」と言っている可能性が高いが、
英語では that を it で受けることができるので、
自分で言った that を繰り返さないで代名詞 it を使うことになる。
(もし that が代名詞なら、独立用法の that を受ける it は「代名詞の代名詞」ということになってしまう)
太郎:ところで、さっき言った金色のビー玉だけど、
ネットで売ろうと思ってるんだ。高い値段つけて。
Jimmy:それ(|Cl←
Jimmy:それ(|that|)はすごいね!
日本語では「それ」を「(太郎が)金色のビー玉をネットで売ろうと思ってる」という内容を指しているように解釈するのが普通だと思われるが、
英語の that では「金色のビー玉をネットで売る」という(より簡潔な)節的内容(構文上、英文の最後に来る)を指すことになるだろう。
太郎:でも、学校はそれ (that
太郎:でも、学校はそれ(|it|)を禁止してるんだ。
このように「学校が禁止している」という話になれば、
「それ」は、自分が言った「(ビー玉などを)ネットで売ること」を指していると理解される。
英語では、Jimmy の that を軽く it で受けることができる。
英語では、相手が言ったことばを that で指したり it で受けたりして会話が噛み合う。
同様に、自分が言ったことばも that で指したり it で受けたりして論理がつながっていく。
Jimmy:それ (Cl あるいは T+♡
Jimmy:それ(that あるいは it)は、おかしいよね。ビジネスの経験になるのに。
英語の場合は、
・that (Cl) であれば、太郎の発言「(小学生がネットで販売することを)学校が禁止している」という節的内容(小学校での具体例)を指す
・もし主語として it を使えば、Jimmy がそれを(子供の社会経験を制限する傾向として)一般的に捉えて「そういうのは、おかしい」と言おうとした、というような解釈が可能となる[87 第7章]
日本語では、その両者の違いを、Jimmy の話し方で判断するしかないだろう。
T は text の略で、it が意味することが文章・やりとりの内容の中にあることを示すが、
+♡は、it に Jimmy の気持ちの何かが含まれていることを示す。
今回は、とりあえず、以上です。
[1]ウィズダム英和辞典 第3版(2012)
[2]ジーニアス英和辞典 第5版(2015)
[3]ランダムハウス英語辞典 第2版(1993)
[14]コンサイス英文法辞典 安井稔編 三省堂(1996)
[43]現代英文法講義 安藤貞雄著 開拓社(2005)
[49]一億人の英文法 大西泰斗・ポール・マクベイ著(2011)
[87]日本人の英語はなぜ間違うのか マーク・ピーターセン著(2015) Kindle版
[91]The Cambridge Grammar of the English Language, Rodney Huddleston・Geoffrey K. Pullum 著 Cambridge University Press(2002)Kindle版
[96]Practical English Usage Michael Swan著 Oxford University Press(オンラインアクセス付き 第4版 2017)
[160]日本人の英文法 完全治療クリニック T.D.ミントン著 アルク(2007 新装改訂Ver.1.0, Kindle版 2019)
なるほど〜と思いました。日本語で「それ」は、深く考えなくても使えるが、英語は違う。子どもの会話なのに難しい。面白かったです。